アドリブ・オカルティック。

足下で鳴った、浮かれた小人がバイオリンを早弾きしているような音で目が覚めた。
電話だ。
先日あまりにも暇だったので、子機の着信音を小人メロディーにしたのだ。
不快だなと思った。
この電話に出、用件が終わったらすぐに元のメロディーに戻そう、
そんな小さな決意をし、子機に手を伸ばしながら携帯電話の時刻表示を見る。
13時過ぎ。
いま不快なメロディーを流しているこの電話の番号を知っている人間はごく小数で、
かつこの時間にかかってくるのはよほど火急の件だと思ったので、
留守電に切り替わる前に出なければと少しまごつきながら電話口に出た。
「もしもし」




電話の相手は三十絡みの女性。
落ち着いた声のトーンからすると三十、四五といったところか。
実際はもう少し若いのかもしれない。
彼女は開口一番こう僕に告げた。


「奥様いらっしゃいますでしょうか?」


死ねばよい。


僕は未婚だ。
結婚の予定もない。
それをあろうことかこの名も告げぬ女は、
いけしゃあしゃあと『奥様』などという単語を持ってきた。
それに加え、
僕の未来の妻となる女性に美顔器やらダイエットフードやらシッカロールやらを
言葉巧みに買わせようとしているのだ、と思う。
万一奥様がご在宅だとどうなっていたことか。
僕の未来の妻はシッカロールなどを浮かれながら買ったのだろうか。
そこまでのローンですと主人に相談してからでないと・・・。
などとまんざらでもない言い訳をしつつ糞高いシッカロールを買ったのだろうか。
いらつく。


一瞬の逡巡。


「妻はおりません」
すぐさま相手の女性は電話を置こうとする。
次のターゲットに移るためだ。
「そうですか。ではまたの機会にお電話━」
電話の向こう側の女性の指がフックに伸び、
今まさにフックを押さんとせんとき、
それを阻止するために僕は続けた。


「妻は、義子は二年前に亡くなりました」
「ご、ご愁傷さま━」
取り乱す女性。
一刻も早く受話器を置きたそうだ。
ちなみに『義子』は僕の母の名前で
もちろん健在だ。
定年で退職した今も週に二度テニスをするほどだ。
うっかり腫れ物に触ってしまったような声音になった女性を置き去りにし、
僕は続ける。


「ですので、電話をお取り継ぐことはできません。
 ですがもうじきお盆であることを考えると、
 義子が去年同様再び夢まくらに立つことも考えられます。
 生前親しくしてくださっていたあなた様でしたら
 枕元に立つ義子に一言言付けることもできるかもしれません。
 お名前とご用件、お聞かせいただいてよろしいでしょうk」


言い終わる前に電話は切れた。
実にすがすがしい。
子機を右手に持ったまま二度寝をしようと大の字に倒れた。


が、
まだすべきことが残っていることに気がついて再び身を起こして
握られた子機を操作した。


小人着信音を元に戻すためじゃない。


亡くなった架空の妻の名前とはいえ、
実母の名前を使ってばつが悪くなったので
これから二ヶ月ぶりに実家に電話をするのだ。