阿片窟にようこそ。


完全に逆転した昼夜に棲くう春眠は、
招かれざる客をもたらす。


起き抜けに、
タバコを吸おうとキッチンにたつと
インターホンが鳴った。


インターホン越しに水質改善がどうのこうのという男。
軽い説明が必要なので玄関先まで出てきてほしいという。
玄関扉を少し開けると、首からさげたIDを僕に見せ、
矢継ぎ早にべらべらと話し出した。

男「どうもトップ(仮)の松本(仮名)です。あれ?今日はお休みですか?先週のお昼間にも来させていただいたんですがお留守やったみたいで。ちょっと簡単にご説明させていただきますねー。今回はね、シンクのほうのお水の確認をさせていただきたいので、台所のところまで結構ですので、ちょっと上がらせてもらっていいですか?」


のっけから嘘がすごい。
先週は仕事がはねた直後だったので
ずっと家にいたはずだ僕は。
ましてや昼間は寝ている。
インターホンの音を聞き逃すはずもない。
松本の嘘を指摘するのも面倒だから、
あげてみる。

坊「タバコが嫌じゃなければどうぞ」


玄関扉の内側に貼ってある『夜の君へ・三訓』の張り紙を目にした松本は、
少しぎょっとしたけれどすぐに営業スマイルを取り戻し、立て直した。

松「あっ、なんかこれ、すごいですねぇ。夜の君へ、ですかぁ。誰かに言われて書いたんですか?」


坊「まぁ誰かと言えば誰かですけど、僕と言えば僕ですし」


松「へぇえ。この『夜の君』って誰なんですか?」


坊「えーっと、ですから『夜の君』なんですけどね。僕もあまり知らないんです」


ひとことでは松本に理解させるほどの説明ができないと思ったので
知らないことにしておいた。
実際あまり記憶に残らないので、彼のことをよく知らない。

松「いま学生さんですか?」


坊「いえ、社会人です」


松「えぇっそうなんですかー!えらいお若くみえたんですけどおいくつなんですか?」


坊「27です」


松「へー!そうなんですかー!じゃあ僕と四つしか変わらないじゃないですか!」


松本は、


松本は何をしにきたんだろう。


自分が31歳であることを、僕に教えにきたんだろうか。


そのあともキッチンに置いてあるバナナを見ては、
「バナナお好きなんですか?」
「僕も好きなんですよバナナ」
「からだにいいんですよバナナ」
という調子で要らない情報ばかりしゃべる。

坊「あの」


松「はい?」


坊「世間話は好きじゃないので、本題へ入っていただいていいですか。資料、お持ちなんでしょう?」


松本が一向に本題に入らないので、
大事そうに小脇に抱えているファイルを指して言った。

松「こういうね、マンションのタンクってご存知ですか?タンクの中はね、こんなんになってまして」


松「ね?すごく汚れてるんです、それでね、今日はね、そのタンクの━


説明をはじめる松本。
顔色をうかがう松本。
帰っていく、松本。




僕に断りもなく
また春が来ようとしている。