サンボマスターじゃないけど君に語りかける。


引っ越しは、
驚きと感動に満ちている。


だから、サンボマスターじゃないけど君に語りかける。
いいだろ、それぐらい。


四月から一人暮しを始める君へ。
とりわけ、A型で神経質で一人っ子で今まで実家あるいはそれに準ずる場所でぬくぬくと育ってきて、
かつ引っ越し費用を極限まで抑えた引っ越しをする君へ。


僕からのアドバイスだ。


家電以外で引っ越し当日からいきなり要るものを挙げよう。

・はさみ、カッターナイフ。
・ゴミ袋。
・荷造りヒモ。
・筋力。
・メモ(ポストイットなども可)
・コンパス(方位磁針のほう)


うん。
そうだね。
順を追ってひとつずついこうか。


まずハサミ・カッターナイフ。
前述した条件にあてはまる君は、
十中八九、引っ越しをなめている。
そんな君がまず驚くことになるのは、引っ越し当日に届く段ボールの山だ。
新規購入した家電やら実家から持ってきた衣類やらは、
大量の段ボールに入っている。
膨大な量だ。


それを見るやいなや、
「こんなに大量の段ボールを揃えて、戦争でも始めようってのかい?」と、
にやにやしながら客の顔を覗きこむスラムのモグリ武器商人の気持ちになれた君。
いいセンスだ。
もしかすると君なら引っ越しを乗り切れるかもしれない。


引っ越し終了後も常につきまとい続ける概念のひとつに、
『だれもやってくれない』
というものがある。
君が引っ越したその部屋が、
どんなに日当たりがよくて広々とした部屋だとしても、
君が脱ぎ散らかした服がいつの間にやらふんわりお日さまの匂いをまとってタンスの中に自動的に収納される夢のようなシステムは、もうその部屋にはない。


食事ひとつとってもそうだ。
君がじっとしている限りは、絶対に食事は出てこない。
君が床から立ち上がり冷蔵庫を開けてフライパンを温め、取り出した食材を調理する。
若しくは床から立ち上がり玄関の戸を開け外に出て、コンビニに弁当を買いに行く。
最低限それだけはする必要がある。


だから大量の段ボールを目にしたその刹那、
限りなく軽いフットワークを身につける覚悟をしよう。
いつかクリアしなくちゃいけない問題なんだから、早いほうがいいだろう?


そして件のハサミ・カッターナイフを以てして、
大量の段ボール梱包と対峙するといい。
あらかた開け尽くす頃には、
ひょっとすると段ボール開封業を始められるのではないか、という錯覚に陥るが、
それはあくまで錯覚であって、勢いづいて本当に段ボール開封業を開業してしまっては痛い目をみる。
なぜなら君のおとなりさん、そのまたおとなりさんは、
何ヶ月、あるいは何年も前にその段ボール解体作業を終えているのだから。
そして彼らにも平等に時間は流れ、
昨日今日段ボールをさばいたばかりの君なんかが知る由もない域にまで、
その技術は達しているのだ。
上には上がいる。


さぁさぁ、
いざ電化製品を設置といきたいところだけれど、
まずはよく部屋を見てほしい。
その足下にうずたかく積もっている段ボールの上を引きずり、
冷蔵庫や洗濯機を設置する勇気が君にあるかい?
大型家電の梱包用段ボールには巨大な業務用ホチキスが使用されているものも多い。
そんな上を素足で歩き回ると大変なことになる。


そこで役立つのがゴミ袋と荷造りヒモだ。
ガムテープがあればパーフェクトだけど、ひとまずはゴミ袋と荷造りヒモがあればことは足りる。
ここは面倒くさがらずテキパキと、開封と同時に出た大量のゴミを処分しよう。
これを怠ると、引っ越し当日必ずゴミの中で眠ることになる。
余裕があればゴミステーションの位置とゴミが出せる日を確認しておくといい。
20平米前後の部屋では、収納が充実していないかぎり段ボールと共に数日暮らすことになる。


そしてゴミを片づけた後にはむき出しの家電等が残る。
あとはもう上半身裸になって家電の設置だ。
裸になる意味は特にない。
気持ちの問題だ。


洗濯機を防水パンに乗せる作業では、
上半身裸で洗濯機を抱きしめて持ち上げると、
さながら闘将!!拉麺男の、最終修業、
焼けた釜を抱きしめて額に『中』の字を刻んだときのような状態になる。
弁髪にすることでラーメンマン度はアップするがそこは君の望むままの姿で挑むといい。


大型家電を設置し終えるころには、
適度にパンプアップされた体を手に入れることができるだろう。
あとはもうお好みで、
両の手を見つめ、
「これがオレの力なのかッ・・・ハッハッハァアア!」
などと新居一発目のAKIRAごっこに興じるのもいい。


そして引っ越し作業中に思いついた、今後必要なものをメモに走り書くころに、
引っ越し一日目は終了するだろう。


そのときに必要なのがコンパスだ。
北枕を気にするためではない。


必要なものメモを書き終わるころに、
君を今まで育ててくれていた人たちの苦労が痛いほどわかったろう?
君が普通に生活するために、君を育ててくれた人たちは、
どれほどの労力を費やしていたのか。
少しだけでもわかったろう?


ほんの少しでもわかったなら、
その人たちが住む方向をメッカに見たてて頭をすり付けるといい。
別にイスラムを信仰していなくたっていい。
君が思うかたちで、感謝の念を送るといい。
実家、あるいはそれに準ずるところの方角を向いて、
ありがとうって思うだけでもいい。


だから引っ越し一日目には、かならずコンパスは持ってけ。
コンパスをうっかり忘れたなら電話かけて礼を言え。
それが照れ臭いなら、
引っ越しが一段落したら家に帰ってやれ。
きっと喜んで迎えてくれるはずだ。


そうやって実家もしくはそれに準ずる場所に感謝の念を送り続けていると、
あの小学校の卒業式に耳にタコができるくらい聞かされ練習させられた、
H2Oの、『思い出がいっぱい』のサビに登場する、

♪大人の階段の〜ぼる〜


の大人の階段が、君の目にもうっすらと見えるようになると思う。
きっとなる。
なるといいね。

そんなわけでこれからしばらくは、
自宅と新居を往復して日記やら仕事やらをしていく生活が続いていくことになる。
スムーズにいってネット開通は4月中旬。
まぁ一ヶ月は見ていたほうがよさそうだ。