柔よく剛を制す。


大阪は鶴橋のとある焼き肉屋で連れ(♀)と二人で飲んでいたら、
飲み過ぎて気分が高揚した連れが、
隣でこちら同様賑々しく焼き肉を楽しんでいた女の子二人組に声をかけた。
毎度のことだ。


どこ出身だの、ここのお勧めは何だだの、
他愛もない話をしていたのだけれど、
話が今就いている仕事の話になると二人とも同時に口をつぐむ。


あれ地雷だったか?
でも人に言えない仕事って何だ?
風俗関係か?
それなら別段珍しくもないし、
むしろ風俗な人たちは何のためらいもなく胸張って自分の仕事をいう。
そして見た感じ二人は、
『短大出て今は雑貨屋さんで販売してます☆』
みたいな感じだ。
じゃあ他に何がある?
スパイか賞金稼ぎかぐらいしか思いつかない。


などと一人で考え込んでも答えなんて出るはずもなく、
もうダメダメ、降参、何やってるの?
そろそろ教えてよ、ってお前らよく飲むなぁオイ。
僕より年下の女の子でこんなに酒が強い人を、
僕は見たことがない。
入店から、十杯くらい生ビールを飲み干し、
ふたりはよく笑う。


あまりの酒の強さに思わず突っ込んだ、
「力士か、お前は」という僕のツッコミに、
「おー! 惜しい!」と返すふたり。


力士惜しい?
女モンゴル相撲の世界チャンピオン?


なんだよなんなんだよ。
気になるから教えろとマッコリで本日何回目かの乾杯をしたときに再度聞いたら、
「○○(某大手企業)で柔道やってます」と観念して教えてくれた。


そこからは堰を切ったように柔道話が炸裂し、
わたしの腹筋は6つに割れてるだの、
女子柔道の柔道着の下は何をつけているのかだの、
超ドープな柔道話を聞いた。


そしてこれも何かの縁と店を変え、
ちかくのバーに場所を移し、4人で騒々しく飲み続けて話続けた。


さすがに酒が回り出すと体育会系で、
「その喋り方がシンくん(柔道娘の彼氏の名前らしい)に似てる」などというよくわからない理由で、
ばしばし殴られて、いてぇいてぇギブギブ、マジでギブな流れになった。


そして話の端々に、
「リョウコ先輩」だの「コウセイ先輩」だの、
柔道界の超ビッグネームが飛び交うのが気になって、
「あの、君たちひょっとすると、その、すごい人たちなの?」と聞いてみたが、
「いやいやいやいやいやいや!」とアンタッチャブル並の受け流しをするので、
芸人が先輩芸人のことを○○兄さんとか呼ぶ芸人システムみたいなものが柔道にもあるのかと勝手に納得した。


ただ柔道娘ふたりともタニリョウコさんと面識があるらしく、
関係者しか知りえない面白話をたくさん聞かせていただいた。


そして4人が4人とも泥酔状態を極め、

「今からタニリョウコ呼べ!」
「マジで電話するで?ええんか?」
「おお呼べ呼べ!旦那もついでに呼べ!」
「タニ○ョウコを最初にYAWARAちゃんと呼んだヤツに鉄拳制裁を加えたい」
「リョウコセンパイハイイヒトダヨー。カミノケサラサラデスゴイキレイダヨー。(棒読み)」


方々に迷惑がかかる可能性がとても高いのでこれ以上書けないのが悔しくて堪らないのだけれど、
兎に角、そんな会話にちょうどなった頃に、
僕の連れがトイレに1時間近くろう城してる事実をお店の方に教えていただいたので、
突発酒盛り in 鶴橋はお開きとなった。




で、今。
ふと気になって柔道娘の名前でググってみたら、

シドニーオリンピック出場。
・柔道世界選手権金メダル。


その他輝かしい成績がずらりのプロフィールを目にし、
超すごい人たちと呑んだんだと今ごろ気付いた。
世界一位て。


「寝技かけてみてよ☆」なんて冗談を言わなくて、本当に、本当に良かったと思った。

◆余談:
『世界一位』の人と接することって、
今後の人生でそうそうないことだろうと思う。
そして僕が生まれて初めて出会った世界一位の人は、
自分が世界一位になったことなんてこれっぽっちも鼻にかけることのない、
凄まじく気さくでいいやつだった。
万が一僕が何かの頂点を極めた時、はたして僕はあの子のように、
『いい意味でオーラゼロ』の状態でいることができるのだろうかと少し思った。
自分でググってからその事実を知るっていう自発コンボのせいで、
彼女のおっとこまえ度は二割り増しで、かなり惚れた。
かっけー。
僕もがんばろう。


◆いただきましたトラックバックス:

知人でナイスガイの彼は、
四年に一度、オリンピックぐらいの頻度で行われる僕との飲み歩きを極端に恐れている。
しかしながら僕は、これからも彼のナイスガイの看板の裏に、
アルコールから派生するPTSDを刻み続けたい。
丸刀(彫刻刀)で刻み続けたい。

彼の波乱の卒業旅行の顛末をバーで拝聴したのちに尋ねた、
僕の「結局、君はなにから卒業したんだい?」という問いに、
「この支配からの、卒業や」と遠い目で云った彼の背中は、
見まごうほどに小さかった。
”世界で二番目のナイスガイ”という重圧を背負うということは、
こんなにも重く苦しいものなのかと思うと、
僕の目にも自然に涙が溢れた。

世界で二番目のナイスガイ(id:ken_imai):あらくれ日記 http://d.hatena.ne.jp/ken_imai/